2015年5月23日土曜日

ソウルキャッチャーズ

ワールドトリガーファンの方々が、こぞってお勧めされている漫画があります。
その名も「ソウルキャッチャーズ」。

遅ればせながら手に取りました。

感想を一言。

今の私がちょうどこだわっていたテーマがそこにありました。

最近、私は自分が「自分のアクションで誰かが変化すること」「誰かのアクションで自分が変化すること」が物凄く好きなのだということに気がついて。
とはいえ、大袈裟なものではありません。
私がお勧めした小説を読んだ友人が、作家にはまり全作品読破した、とか、
好きなアーティストのビデオを誰かが見てくれた、とか。
ちょっとしたさざ波のような変化が嬉しいのです。
だから、何かについて語るとき、「好きになってくれないかな」「興味を持ってくれないかな」と、相手の動きを期待しているところがあります。
ところが、ふと思ったんです。
たとえ小さなことであっても、他人を変えようと思うこと自体、傲慢ではないのか、と。


ソウルキャッチャーズの主人公は人の心が見えるゆえに、その人の悩みを解消させようと必死になっています。
でも、彼と同じ力を持つ者の中には、他人を悪く変化させようとする者もいるのです。
どちらも、目的はひとつ。
「相手を変えたい」。

主人公は音楽の力で他人を変えようとします。
優れたエンタメには、いや、全てのエンタメには、ヒーリングの力が確実にあるのです。
言葉をいくつ連ねても他人を変化させることのなかった主人公が、タクトを持ち、楽団を指揮すれば、多くの人を変えられるようになりました。

私の探していた答えが、そこにあった気がしました。
「自分のアクションで誰かが小さく変化する」ことを無上の喜びと感じる人間は、何か物を作ってみるといいんだと思います。
きっと誰かを変化させることが出来るはず。
そしてそれは、自分の幸せに繋がっているのです。

いい作品に出会えました。
物作りをされている方には特にお勧めの漫画です。